中國(guó)の民間楽器の出現(xiàn)と発展
中國(guó)の民族楽器は悠久な歴史があり、大昔の頃にすでに現(xiàn)れ、ずっと発展をとげてきた。出土した文物は、早くも秦の統(tǒng)一(前221年)以前(一般に春秋戦國(guó)時(shí)代〔前770-227年〕のことを指す)に多種多様な楽器が現(xiàn)れていたことを裏付けている。
古代楽器は一般に二重の機(jī)能――表現(xiàn)性と実用性を持つものであった。つまり、これらの楽器は當(dāng)初、音楽を演奏するものでもあれば労働と生産をおこなう道具または生活用具でもあった。楽器の実用性は、いくつかの楽器がもともと生産道具または生活用具であったばかりでなく、人々がそれでいくつかの特定の生活情報(bào)を伝えたことにも現(xiàn)れていた。例えば、陣太鼓を叩いて出征すること、陣鐘を鳴らして兵を引き上げること、朝に鐘をつき、夜に太鼓を打ち鳴らして時(shí)を知らせること、夜回りをしながら時(shí)を知らせること、ドラを打ち鳴らして露払いをすること、太鼓を打ち鳴らして官吏が登庁して案件を?qū)徖恧工毪长趣胜嗓饯欷扦ⅳ盲俊V袊?guó)では一部の少數(shù)民族は今になっても口弦(楽器の一種)を吹いて愛(ài)情の気持ちを伝えるやり方を保ちつづけており、それは愛(ài)情を表わす手段と愛(ài)の契りの証しとなっていた。
秦の統(tǒng)一以前の頃の楽器は史料に記載されているものが約70種もある。『詩(shī)経』だけでも29種にふれており、打楽器には太鼓、鐘、鉦(しょう、古代銅製の打楽器で、行軍の際に打ち鳴らしたもの)、磬(けい、銅製の椀形の仏具と楽器)、缶(ふ、甕のようなもの)、鈴など21種があり、吹奏楽器には簫(しょう、タテにして吹く長(zhǎng)い笛)、管(さまざまな管楽器のこと)、塤(けん、土笛)、笙(しょう、いろいろな長(zhǎng)さの十?dāng)?shù)本の竹の管で作った吹奏楽器)など6種があり、弦楽器には琴、瑟(しつ)など2種のものがあった。楽器の品種が多く増えたため、周(約前11世紀(jì)-前256年)の時(shí)期には楽器を作る素材によって、金屬、石、土、皮革、弦、木、匏(ほう、瓢たんの実)、竹という8種類(lèi)に分けられ、「8音」分類(lèi)法と稱(chēng)された。
湖北省髄県の曽侯乙墓の地下音楽殿堂の中には124件の古代楽器が保存されていた。2500キロ以上に達(dá)する楽器の巨人である64件の編鍾セットにしても、それとも造型、製作、色付がすべて非常に手が込んだ太鼓、排簫(はいしょう)、笙、瑟にしても、いずれも春秋戦國(guó)時(shí)代の中國(guó)の音楽文化の発展ぶりを示すものであり、これらの楽器は中國(guó)の古代楽器の光り輝く創(chuàng)意の証しである。
秦(前221-前206年)、漢(前206-220年)以來(lái)、中國(guó)にはさらに新しい楽器が現(xiàn)れつづけた。例えば、秦代には1種の新しいタイプのつま弾く弦楽器の弦鼗(げんとう)が現(xiàn)れた。それは円形の音響箱、真っ直ぐな柄のある琵琶(びわ)であり、漢代になってからは4本の弦、12本の琴柱がある「漢琵琶」へと発展し、「阮咸(げんかん)」とも稱(chēng)された。
中華民族は新しいもの、外部のものを吸収することに長(zhǎng)じた民族であり、漢代以來(lái)、數(shù)多くの外國(guó)の楽器を幅広く取り入れてきた。例えば、漢の武帝(前140-前87年)の頃に張騫という人が使節(jié)として西域(新疆および中央アジア各地)へ派遣された際、笛を伝え、西暦350年ごろの東晉(317-420年)の時(shí)期には新疆、甘粛一帯から「曲項(xiàng)琵琶」が伝來(lái)し、明代には揚(yáng)琴(小さな臺(tái)形の音響箱に多數(shù)の弦を張って竹製の棒でたたく打楽器)とチャルメラなどが伝えられた。これらの外部から伝來(lái)した楽器はたえず改良を経て、中國(guó)の數(shù)多くの民族楽器の重要な構(gòu)成部分となった。
中國(guó)楽器の発展史において、注意しなければならないのは弓で引く弦楽器の出現(xiàn)が、打楽器、管楽器とつき弾く弦楽器よりはるかに遅かったことである。史料の記載によると、唐代(618-907年)になってはじめて竹の板を圧して作った「軋箏」と「奚琴」(宋代〔960-1279年〕に「嵆琴」と改稱(chēng)された)が現(xiàn)れたことである。宋代の嵆琴は馬のしっぽの長(zhǎng)い毛で作った弓で演奏するものであり、「胡琴」(つまり胡弓)という名稱(chēng)もこの頃に現(xiàn)れた。元代(1206-1368年)以後、胡弓を基礎(chǔ)としてさまざまなタイプの弦楽器へと発展をとげた。
中國(guó)の「吹奏楽器(管楽器)、打楽器、つま弾く弦楽器、弓で引く弦楽器」という4種類(lèi)の楽器は長(zhǎng)い発展段階を経てきた。新中國(guó)成立(1949年)以後、中國(guó)は民族楽器の面でさまざまな模索と改革を行い、大きな発展を遂げるとともに、多くの成果を収めた。
中國(guó)の民間楽器の特徴
楽器は人間と同じように個(gè)性があり、人間のノドのようにある人のノドはテノール(あるいはソプラノ)の聲域の歌を歌うことができるが、ある人はバス(あるいはアルト)の聲域の歌しか歌えないのである。
中國(guó)の楽器はたくさんの種類(lèi)があり、いずれもそれぞれの演奏の特徴を持つものである。例えば、?二胡?(胡弓の一種)は悲しみを表現(xiàn)することに適した楽器であり、このため、視覚障害者であった音楽家の阿炳という人はそれで寂しさと苦しみを表現(xiàn)した。
中國(guó)の楽器の中で、琵琶は比較的に特色が目立たないものであり、ピアノのように非常に際立った特色はないが、さまざまな風(fēng)格の楽曲を演奏することができ、うきうきするものも演奏できれば、悲しみに満ちたものも演奏できる。これはその包容性を示すものであり、気迫に満ちた俳優(yōu)のようにどんな作品でも演じることができるのである。
古箏も同じようなものである.それはいったん演奏すれば、チョロチョロと流れるせせらぎではなく、空の果てから押し寄せてきた、止まることのない、いなづまと雷を交えた風(fēng)雨であり、人を抽象的な世界にいさない、いろいろと想像をめぐらせることになる。琵琶も同じである。琵琶と古箏はみなこのような主役格の役者に等しいものである。
一般の楽器はその音を聞くものだが、簫と古琴(七弦琴とも言う)はその韻を楽しむのであるため、いっそう大きな忍耐力でそれを満?jiǎn)摔筏胜堡欷肖胜椁骸⑾胂窳Δ蚪瑜辘毪长趣虮匾趣工毪猡韦扦ⅳ搿:崵谴底啶筏繕S曲と古琴で演奏した楽曲を楽しむには目を閉じ、自分に現(xiàn)実の生活からいったん離れさせることが必要である。簫は悲しみに満ちた音色で、寂しさと苦痛を表現(xiàn)することに適している。簫は笛と全く違ったもので、笛は明るさを特色とし、「花を咲かせた葦の原の奧に、小舟が停泊し、月の光に明るく照らされた樓臺(tái)から笛の音が伝わってくる」という笛の楽曲はなんと明るいものだろう。ほかでもなく、この笛の音によってこそ、月の光がさらにさえたように見(jiàn)え、詩(shī)の世界は寂し過(guò)ぎるものではなくなる。笛は泥臭いものに見(jiàn)えるが、簫は書(shū)生っぽさのあるものであり、異なった役割があり、根本的な違いがあり、放牧している少年が牛に背にまたがって簫を吹いているなど全く想像しがたいものである(中國(guó)には誰(shuí)もがよく知っている、牛の背にまたがって笛を吹いている少年という中國(guó)畫(huà)がある)。
中國(guó)の楽器の中で、チャルメラは不思議な楽器で、その演奏は楽しんでいたと思うと悲しみ、人に全くはかり知れない感じを與えるものである。中國(guó)の広大な農(nóng)村では、結(jié)婚式のようなめでたい時(shí)でも、葬儀のような悲しい時(shí)でも、チャルメラの驚いたり急に引き裂くようにしたりする演奏がある。こうした楽器の性格的変化は速過(guò)ぎ、常態(tài)がないので、それを使うかどうかは全くその時(shí)の環(huán)境によって決まり、それが場(chǎng)面を決めるのではなく、場(chǎng)面がそれを位置付けるのである。
チャルメラと対極にあるのが笙である。唐代には「笙を吹いて鳳を引き付ける」という物語(yǔ)があった。その鳳は何よりもまず笙の音には聞くものの興味をそそるため、飛んできたのである。笙は韻を取柄とする楽器であり、その音はうら寒さを感じさせるものである。そのうら寒さというのはそれほど分かりやすくはないが、明るくなく、音がかれることなく、簫の味わいを秘めているが、簫ではないのである。
中國(guó)の楽器の中で、その音に最も明るさがあり、胸を打つものがあるのは京胡(胡弓の一種、主に京劇の伴奏に用いる)を上回るものはない。京胡は個(gè)性的ではない役者のようなものであるが、いたるところにその明るさと胸を打つものを感じることができ、伝統(tǒng)演劇の中の飾り物である。
中國(guó)の楽器の中で喜劇的な雰囲気をかもし出すものはとても少なく、雷琴は唯一のものであるようで、ニワトリの鳴き聲、馬のいななき、さまざまな小鳥(niǎo)のさえずりを真似ることができる。『百鳥(niǎo)朝鳳』(いろいろな鳥(niǎo)が鳳に目を向けて競(jìng)い合うがごとくさえずる)という楽曲は雷琴で演奏すると、人々は楽器で演奏していることを忘れてしまうほどである。
中國(guó)の楽器の中で、最も不思議なものは塤であり、人々の前でそれを吹奏しているのに、遠(yuǎn)くから伝わってきた音のように聞こえ、遠(yuǎn)くでそれを吹けばかえって近くからの音のように聞こえるのである。それは韻で取柄とする楽器であり、われ関せずえんと超然たる態(tài)度で獨(dú)立獨(dú)歩する特色があり、世の中のいかなる事もそれと少しもかかわりがないようである。それは夢(mèng)の世界の音韻であり、いったん現(xiàn)実の真実に直面すると、塤の魅力はたちどころに消え去ってしまうのである。
「チャイナネット」2004年12月